大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉家庭裁判所 昭和48年(少)200号 決定

少年 M・S子(昭三一・二・五生)

主文

少年を千葉保護観察所の保護観察に付する。

理由

一、犯罰事実

(1)  本件に至る経緯

少年は、本籍地において、父M・Z、母M・U子(昭和三六年死亡)の第三子として出生し、上に兄姉各一人、下に弟妹各一人、計四人の同胞を有し、昭和四六年三月中学校を卒業し、昭和四七年二月一二日に下記の事情で現住所の兄M・Oおよびその妻M・Z子のもとに寄寓するまで、本籍地で成長した。中学校卒業後、洋裁の技能を身につけるため、洋裁学校に通学し、他方、その費用の捻出のため肉屋でアルバイトをしていたが、過労から昭和四六年一〇月アルバイトをやめ、そのため学費が続かず上記学校も昭和四七年二月に退学した。

少年は、同学校に通学中の昭和四七年一月ごろ、たまたま立ち寄つたボーリング場で、○○市○○勤務のA(当時一九歳)と知り合い、一、二回のデートの後Aと性交渉を持つに至つた。父は、少年とAとの付き合いを知り、性関係まであるとは知らなかつたが、少年が若年であることを理由にこの付き合いに反対し、またM・Z子が健康を害してその看護の必要があつたため、同年二月一二日、少年をM・O、M・Z子のもとに寄寓させた。しかし、その後も少年とAとの交際はやまず、この時期を通じて数回の性交渉を持つ内、少年は、同年二月から三月にかけて妊娠するに至つた。

少年は、同年三月二四日から、千葉市内の喫茶店「○○」にウエイトレスとして勤務して現在に至つているが、同年五月頃、月経が二か月ほどないことから妊娠に気付き、Aに相談したところ、同人は、簡単に中絶を勧めるのみで、それ以上親身になつて少年の相談に乗る態度も示さず、少年の方も、その前から既にAの軽佻さに嫌気もさしており、また、家族からも交際を止められていたうえ、さらに同人のこの態度に接して、以後同人との関係を粗略にするようになり、同人の方も、以前ほど少年に執心することもなくなり、自然二人の関係は杜絶するに至つた。

少年は、妊娠に気付いた後、処置に窮し、一度意を決して産婦人科医院を訪ねかけたこともあつたが、費用の用意がないことを気にしたこともあつてその扉を押し開く勇気がないまま踵を返してしまい、活発に動く胎児の胎動を感じながら、ただ一人で思案するのみで妊娠の事実の発覚を恐れ誰に相談することもなく、流産を期待して階段から落ちようとか、誰か体の異変に気付いてこれを尋ねてくれたらその人に相談できるのにととか、思い悩むのみで日が過ぎて行き、週刊誌等から得た知識で、同年一二月から翌年一月にかけてが分娩の予定日であることを知り、遠く東北の方の病院へ行つて分娩し、子供は施設に預けようかなどと考えたこともあつたが、これも思い付きの域を出ず、何ら出産およびその後の準備もないまま昭和四七年一二月一九日も出勤して、翌二〇日を迎えた。

(2)  罪となるべき事実

少年は、昭和四七年一二月二〇日午前四時ごろから、肩書住所地の居室において、腹痛を感じて一、二度目を覚ました後、午前八時ごろ、M・OおよびM・Z子が勤めに出る際、同人らに対し、腹痛のため自分は欠勤する旨を告げ、その旨勤め先に電話連絡して、床に横臥して腹痛の治まるのを待つたが、午前一〇時ごろになつても痛みは間歇的にますます激しくなるばかりであつたため、かねてから週刊誌等で得た知識に照らし、この痛みが陣痛で分娩が近いことに気付き、洋服に着換えて近くの病院に行こうとしたものの、激しい痛みのため外出することができず、しばらく畳の上に横臥している内、午前一一時を過ぎたころから、肛門付近に痛みを感じはじめ、大便を排出するのかと思い、同室に附属して設置された汲み取り式便所に行き排便の姿勢を取つたが排便せず、さらに室内に戻つたが肛門付近の痛みはやまず、同日正午ごろ、再び上記便所に入り排便の姿勢を取つたところ、激しい痛みを感じ、いよいよ胎児の娩出期間であるかも知れないと予知しながら、何らなす術を知らずに思い余つた揚句、そのまま胎児を娩出すれば嬰児を便槽内に落下させ糞尿により窒息死することになるがこれもやむを得ないと決意し、そのままの態勢で分娩を迎え、よつて出生した嬰児を便槽内に落下させたまま放置し、糞尿により窒息死させて殺害し、かつ嬰児の死体を便槽内に遺棄したものである。

(3)  犯行後の経緯

少年は、上記のとおり嬰児を分娩した後、しばらく上記便所内で痛みの治まるのを待ち、出血およびそのために汚れた便器の仕末をし、室内に戻つて横臥しただけで、何の手当もせず、帰宅したM・Oらに対しても、月経がひどかつた旨を述べただけで分娩の事実を隠し、同人らもこれを信用し、少年は翌二一日から平常どおり出勤していた。ところが同年同月二五日になつて、汲み取り作業員により嬰児が発見され、少年の犯行が発覚した後、少年を診断したところによれば、子宮収縮も十分でなく、胎盤の一部が残留しており、かつ約四センチメートルにわたる会陰裂傷があり少年は直ちに入院して必要な処置を受けた。その後、少年の体は回復し、現在に至つている。

二  適用法条

上記罪となるべき事実のうち、殺人は刑法一九九条に、死体遺棄の点は同法一九〇条にそれぞれ該当する。

三  保護処分選択の理由

(1)  少年の上記犯罪は、少年の浅慮による自然の弄びにより、何よりも貴重な人の生命を、それが誕生するやいなや断つてしまつたもので、その罪は極めて重いと言わざるを得ない。嬰子の生命は親の手中に握られ、親の思いのままに断ちうる弱いものであるが、それ故にこそ、親の責任は重く、親には、人としての生を受けた嬰児を育む厳粛な責務があるのであつて、故あつてその親のもとに人としての生命を託することになつた嬰児に対し、養育の責任を放擲してその生命を断つが如き行為で臨む親の罪は、いかなる犯罪よりも重いものとして指弾されるべきものである。しかしながら、罪の重さは必ずしも重罰を導くものではない。本件における少年の罪は重いが、かかる罪の重さに喘いでいる少年をいかに処遇して健全な精神を取り戻させるかを考えなければならない。

(2)  本件の最も重要な特徴は、少年の無知と幼稚さにあると考えられる。少年は、小学校時代に月経時の処理の仕方を習い、中学校時代に植物に仮託した性の講義を受け、中学三年生のころに男女の性交渉により子供が誕生するという程度の知識は得たが、それ以上に性につき何の知識もないまま、洋裁学校通学中に友達の性経験の話を聞いたりする内に、性に対する好奇心と期待のみが膨張し、性交渉に対する抵抗感は、知識に裏打ちされずに取り払われていつた。このため、極めて安易に、何ら妊娠のことを心配しないまま、まだ若いから妊娠しないとのAの言葉をそのまま信じ、同人との性交渉を持つに至り、当然のことながら妊娠しても、何らなす術を知らず妊娠と出産の知識のないまま事の重大さに思い至さずに拱手している内に本件犯行のやむなきに至つたものである。少年の性に対する開放的態度は、現在の社会一般の風潮であるとも言われ、それが事実としても、それ自体が悪いことではない。しかし、性の厳粛さと冷酷さに対する知識を欠いた開放は、本件のような重大な罪を犯す無知な親を数限りなく作り出していくであろうし、現にそういう傾向が見られる。その意味では、本件は、単に少年一人の罪ではなく、社会全体の罪ともいえよう。少年の無知は、本件後の経緯の中でも如実に現われている。産後の管理の必要に対し何の知識もない少年は、本件が発覚していなかつたら、自ら殺害した嬰児が残していつた肉片により、自然の手痛い復讐を受けていたかも知れないのであり、本件の発覚によりかかる事態に至らなかつたことを少年のために喜びたい。

(3)  次に本件の特徴として考えられるのは、少年の自己閉鎖性と消極性である。困難な場面に遭遇したとき少年のとる態度は、これから一時的に逃避するか、それができなければ、事態の推移に身を委ねて翻弄されてしまうのである。少年には、父も、兄も、義姉もすぐ身近にいたのであり、ほんの少しでも事態に立ち向いこれを解決していこうとする積極性があれば、そしてその積極性が必要だという知識があれば、本件は回避されていた。本件の場合は、義姉M・Z子は妊娠が不可能な病気のため本件発覚後、兄と義姉は、少年に生まれたであろう子供を自分達で養育したかつたと述べているということであるが、ただ一声を発しなかつたために、少年と、兄夫婦と、そして何よりも死亡した嬰児にとつて、運命がすれ違いに終つたのである。少年のこの自己閉鎖性と消極性は、これからの少年の人生にとつて、是非改めていかなければならないものである。しかし、本件について見る限りでは、一声出すべきであつたのは少年だけではない。少年の場合、妊娠による体格の変化が極めて小さかつたとしても、多少注意していれば太つてきた程度のことは外見上明らかであつたのではないかと思われ、現にそれに気付いた人もいたが、若い女性に太つたということは憚られるということで、少年にその事を言わなかつたという。現代の社会において、断絶は、隣に坐つた赤の他人との間にあるだけではない。最も親密な人同士の間にもあり得るということを本件に見て、慄然とする思いである。

(4)  以上のとおりの諸事情および少年が他の犯罪歴も有しておらず、虞犯的傾向も全くなく、また知能、性格にも特に偏倚のないことを鑑れば、少年の非行性は決して重いものではなく、むしろその未成熟さと幼稚さが本件の根本にあると考えられる。必要なのは、少年に罰を加えることではなく、少年の健全な成長を援助することである。少年は、本件の罪の深さに憚れ、反省の情顕著であるが、かかる重大な蹉跌が少年の成長を阻害することをこそ恐れなければならない。本件を機に、少年の父および同胞は、少年の保護に熱意を示しており、これもある程度期待できるが、さらに傷ついた女性に対するいたわりの心をもつて専門的立場から側面的援助をする機関が必要と考えられ、そのためには、少年を保護観察に付するのが相当である。よつて、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を適用し、少年が親としての罪を受くべきにもかかわらず免れて恥ないもう一人の親のような男性を多くの男性の中から見分ける知恵を持ち、本件により開いた人の命の尊さと自然の理の厳粛さに対する澄んだ眼を再び濁さないようにして、健かに成長していくことを期待し、主文のとおり決定する。

(裁判官 江田五月)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例